さぁ、旅に出よう。
小ぶりなトランクに荷物を詰め込む。
今日は一人旅だから、荷物は最低限。
ジーンズは明日も同じもので良いから
替えの下着とTシャツと日焼け止め、フェイスタオルくらいがあれば良い。
化粧は、いらない。
トラベラーズノートと、少しばかりの筆記用具も入れていこう。
あ。この日のために読むのをとっておいた、とっておきのミステリー小説も忘れちゃいけない。
さぁ、出発。
家を出ると、もう夜になっていた。
まだ昼間の暑さを残しているから、熱気が身体にまとわりついて、すぐに汗ばむのがわかった。
最寄駅から電車に乗り込み、都心へ向かうがらがらの車内に目をやる。
この時間から都心へ向かう人は少ない。
窓の外に目をやると、流れ星みたいにヒュンヒュンと家の光が流れている。
スマホを開いて、Twitterから読みたかった3000文字チャレンジの記事にのんびりと目を通す。
じっくりと読みこめたら
感想のリプを贈る。
東京駅に到着した。
嬉しくて、少し小走りになる。
ホームへ入る前に
これから乗り込む電車には車内販売が無いから
サッポロ生ビールの黒ラベルの350ml缶1本と
ポッキーとおーいお茶。
幕の内弁当・次の日の朝に食べるおにぎりを買い込む。
お弁当は、玉子焼きが入っていれば何でも良い。
ホームの先頭に立って、静かに出発時刻の22時を待つ。
思ひでぽろぽろみたいだ、とちょっと思う。
タエ子ちゃんは果たして、トシオさんとうまくいったんだろうか・・・?
ちなみに、本日のメインイベントは、サンライズ瀬戸・出雲285系に乗ることだ。
到着駅は出雲市だが、目的地はほとんど決めていない。出雲大社へは行こうと思っているが、あとは何をしよう・・・?
乗車日の1カ月前から切符は購入できるため、「みどりの窓口」に並んで買っておいた。
サンライズ出雲の寝台には、いくつかの種類がある。
シングルデラックス・シングルツイン・シングル・ソロ・サンライズツイン・ノビノビ座席。
今回予約したのは、シングルデラックス。
個室の中でも、最も贅沢な部屋だ。きっと、再び乗るのはうんと先になるだろうから、奮発してしまった。
さて。どの角度でカメラを構えれば良いか、イメージしながら何度もファインダーを覗く。
と、
2つの小さな光が遥か彼方に、見えた。
ぐんぐん近付いて来る。
肉眼でしっかりと焼き付けておきたい気持ちと、写真に収めたい気持ちがせめぎ合って
手元がおぼつかなくなる。
結局、気が付いたらカメラを下ろしていた。
ぐんぐん近付いてくるサンライズ出雲は
想像していたよりも、ずっと大きくって
目の前にして、思わず頰が緩む。
眼前に迫っているサンライズ出雲の顔を、気が済むまでいろんな角度から写真に収める。
発車時間が近づいてきたから、急いで車内へ乗り込む。
切符を確認しながら、自分の部屋を探す。
暗証番号式にロックするタイプの部屋のようだ。
荷物を置いて、部屋をぐるりと見渡す。
思っていたよりも、かなり広々としている。
部屋に鍵をかけて、まずはシャワーカードを購入しに行こう。シャワーカードが数量限定なことは、あらかじめ勉強していた。
なるべくゆっくりと歩きながら、車内をぐるりと見て回った。
部屋に戻ってきて少し落ち着いたら、お腹が減ってきた。
おーいお茶と幕の内弁当を取り出す。
ぼんやり、車窓を眺めながらお弁当を食べる。玉子焼きが甘くて、美味しい。
お弁当を食べたら、ビールとポッキーを勢い良く開けて、ベッドに足を伸ばして楽しみにしていたミステリー小説を読み始める。
たぶん、今考えられるなかの一番の贅沢だと思う。
ポリポリポリ・・パリポリポリポリポリポリ・・・・・・
ポッキーはやっぱり、冷えていた方が美味しいなと思いながらミステリー小説を読み進める。
ふと
せっかくだから、ミニラウンジへ出てみようかと思い立つ。
ミニラウンジでは、サラリーマンらしい人や高齢のご夫婦がゆったりと座っていた。
ミニラウンジのすみっこの椅子に座る。
読みかけのミステリー小説を、続きから読み始める。
物語が佳境へ入ったところで、周りががらんとして誰も居ないことに気づく。
時計の針は、深夜2時を回っていた。
夢中になりすぎてしまったみたいだ。
シャワーを浴びに行こう。
シャワールームが空いていたことにほっとしながら、急いでシャワーを浴びる。
化粧はしていないから、備え付けのシャンプーやボディシャンプーで、ザブザブと髪も顔も一緒くたに洗い流した。
シャワーは6分間しか使えないから、時間が足りないかもしれないと思っていたけれど
案外、十分な時間だった。
髪をフェイスタオルで拭きながら、部屋へと引き返す。
どすんとベッドに腰かけて、残っていたぬるいビールを飲み干す。
横になって、身体をうーんと伸ばしてみる。
心地よい電車の振動が身体に伝わってくる。
少し、眠くなってきた。
外は真っ暗。たぶん、3時くらいになっているだろう。
目をつぶった。
電車の揺れが、心地良い・・・
また、いつか、今度は一緒に乗れると良いな・・・
「おい、明るくなってきたぞ」
あら?
1人旅じゃなかったっけ・・・?
起き切らない頭のままうっすら目を開くと
隣では、髪を整えた旦那さんが、窓の外に目をやっている。
そうだ。
結婚30周年だからと奮発して、サンライズ出雲に乗っていたんだっけ。
すっかりシルバーグレーの髪になった旦那さんの頭に目をやる。
窓の外はすっかり白み始めて、朝日が昇ってくるところだった。
身体を起こす。
少しだけ、肩や腰に痛みが走る。
「なんだか、1人旅に出ている夢を見ていたんですよ」
「ああ・・・そういえば、子ども達が小さな頃に1度だけあったな」
「そうでしたっけ?」
「書き置きで、『サンライズ出雲に乗ってくる』とだけ書いてあった。もう、戻って来ないかもしれないと、あの時は思ったよ」
「そんなわけ、ないじゃないですか」
「あの時は、ひどい喧嘩をしたからな」
「そうでしたっけ?」
「お前は最近、忘れっぽいな」
「お互い様じゃないですか」
思わず、くすくす笑う。
簡単に身だしなみを整えると、自分もすっかり髪の毛がシルバーグレーになっていることに気付く。手も、かさかさしわしわだ。
おかしい。と思って、やっぱりくすくす笑ってしまった。
先日、「おばあちゃんの手、なんでしわしわなの?」って孫に言われて思わず笑っちゃったばかりなのに。
朝食はミニラウンジで食べようと旦那さんから提案があったので、おにぎりを持ってミニラウンジへ向かうことにした。
まだ、朝の5時。
誰もいないかと思っていたけれど、朝日を見るためか思っていたよりもミニラウンジは賑わっていた。
「新婚旅行みたいですね」
「新婚旅行か・・・そういえば、行ってなかったな」
一緒に、のんびりおにぎりを食べる。
そういえば、私が1人で乗ったときには一体何を食べたのかしら?
サンライズ出雲に乗って、一体どこへ行ったのかしら?
もう、思い出せない。
ミニラウンジに集まった人達のにぎやかな声に包まれながら、眩しい朝日を見ていた。
そうか、これは、いつか見たいと思っていた景色だ。
「そろそろ部屋に戻ろう」
「そうですね」
席を立って、ミニラウンジを後にする。
と、ドアを開けると、先日もミニラウンジにいた女性が入ってくるところだった。
眠そうな顔をしている。
あんまり、眠れなかったのかしら?
女性が中へ入れるよう身体をよけると
「すみません」と小さな声で、サッと通り抜けて行った。
と、急に頭の中で何かが弾けた。
この香り、すごく覚えている。
何だったかしら・・・?
なぜか、懐かしい。
だけど、やっぱり、思い出せない・・・
「おい、行くぞ」
足を止めていた私を呼ぶ声がする。
「はぁい」
もう、本当にせっかちな人だ。
間も無くサンライズ出雲・瀬戸は、切り離しとなる岡山駅に到着する。
* * * * *
時空も飛び越えて、今一番行きたいところへと旅させてもらいました。
3000文字チャレンジに、感謝です。