Twitterを続けていると
たくさんの出会いと、たくさんの別れがあります。
短期間のうちに、驚くくらいに。
私は、あまりに上手に波に乗れないタイプで、それでも楽しそうだなと思う波にはなんとか乗れたらいいな~と、よろよろとサーフィンボードの上に立つわけです。
乗ってすぐ波に飲み込まれることもあれば、上手に波に乗れたな~!と思うときもあるわけで。
Twitterをやめようと、多分この約10カ月間(Twitterをちゃんと利用し始めてから)何度思ったかわからないくらい。
なぜ、自分は続けるんだと思ったときに
そこに、やっぱり繋がりたい人達がいて、「見てるよ」って伝えたい人達がいて、「こんなことがあったー!」と報告したい人達がいるからなんだなって
すごく当たり前のことかもしれないけど、だから続けてるんだって最近そんなことを思っています。
私は旦那さんとバンドを組んでいました。
旦那さんがギター・私がヴォーカル。
自分の歌声に自信はないけど、それでも歌いたかった。
バンドを組み立てのころに、旦那さんが(そのときはただのバンドメンバー)「良い歌声だな!!」って褒めてくれたことが、ただ、嬉しかった。
お客さんの前で歌うわけで。
ヴォーカルはMCもしなければならないんですが、私はMCがとびきりへたくそでした。
歌ならまだ歌ってればいいんですが、フリートークって。タモリさんじゃないんだから。と思いながら、なんとかライブの高揚感で毎回乗り切ってましたが。
そんなライブを終えた後に、一人の人から「最高でした」って言われた言葉がすごく心に残っていて。
ちゃんと、届くんだって。
自分のなかだけの自己満足じゃなくって、誰かに届けることが自分にもできるんだって、そのことに気付いたときにホントに嬉しかったんです。
だから、Twitterもブログも私は100人へ向けて書いているわけではないんだっていうことを、いつも思っています。
例えばマウスのレビューをするときなら
「本気でマウスの買い替えで今まさしく悩んでいる人」と「マウスのことを教えてくれた人への感謝」のためだけに書きます。
Twitterも、全然有益なことなんて、呟けない。むしろ無益ツイートばかりです。
プリンがどうだとか、そのくらいのことしか話せてない。ブロガーでライターを名乗っておきながら、どうなんだろ・・?と思うけれど、それが私なんだから仕方がない。
けど、100人に向けているものじゃないから良いんだってようやく思えて。
そのなかのたった2人か3人くらいに届いたら嬉しいなって思いながら書いているから、だから続けられているのかなって、そんなことを考えています。
ときどき、思うんですよね。
私が続ける意味はあるのか?
私のツイート・ブログは果たしてだれかの役に立っているのか?
それでも、書いたツイートやブログの文章が1000人あるいは10000人のなかの1人にとっての特大ホームランだったのなら
ゴジラ松井みたいにドームの屋根に直撃するくらいのホームランだったんなら
そんなに嬉しいことはないなって思うんです。
それを伝えて頂いたとき、続けていて良かった。
文章でも、誰かに届けることができてるんなら、ホントに良かった。
って心から思うんです。
花花みたいですね。あぁ~良かったなぁ~♪懐かしい・・。
それなら、この記事は?
うーん・・・たった一人の人に向けて書いています。
深夜に食べるプリンは、美味しいな~!以上、小春でした。(*’▽’)
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