3000文字チャレンジ

ひときれのステーキ【3000文字チャレンジ】

4+

 

「ステーキ下さい」

声が重なった。

横を見ると、大柄な男性もこちらを向いていた。

シェフが大きなステーキが乗ったお皿を差し出してくれる。

 

「お先にどうぞ」

大柄な男性は、ステーキを私に先に譲ってくれた。

シェフはすぐにステーキをもう1枚焼き始める。なんとなく、ボンヤリと私もそれを見ていた。その男性も、すぐに焼かれたステーキを受け取った。

 

 

ぽつぽつと置かれた丸テーブルでは、男性と女性のペアが出来ていたり、女子アナのように可愛らしい女性の周りをぐるりと男の人達が取り囲んだりしている。

初めての婚活パーティー。

臆しているうちに、すっかり出遅れていた。

それなら、せめてお腹を満たして帰ろうと思っていたのだ。

 

「あっち、空いてますね」

会場の出口近くの隅にある丸テーブルだけ、寂しそうに空いていた。

大柄な男性の後ろをついていく格好になる。

 

私は片手にオードブルを盛った大皿を持っていた。男性は、大盛りのカレーライス。

 

それぞれの料理を置いて、とりあえずもくもくと食べ始める。

「ここの料理は美味しいですね」

「ホントに美味しい。来て良かったです」

 

男性は、黒と白のペンキが裾に派手に飛んでいるジーンズを履いていた。

たぶん、ダメージ加工なんじゃなくって、作業か何かで飛んでしまったものなんだろう。

元は白だったんたんだろうなと思われるスニーカーは、砂ぼこり色になってこちらも年季が入っていた。

腕時計をしていないその腕は浅黒く、厚い筋肉がついている。おそらくは、体力仕事をしているんだろう。

 

 

コーラを半分ほど一気に飲んでから、男性はようやく口を開く。

「こういうところ来慣れていなくて、やっぱり場違いみたいだ」

他の男性たちは、綺麗めのシャツに軽やかなジャケットを羽織り、質の良さそうなジーンズや細身のパンツを履いていた。

腕には、きらきらする腕時計。

 

 

とても綺麗に整って洒落ている格好だと思ったけど、私は隣に立っている男性の格好の方が好ましいと感じている。

「私も職場の先輩に勧められて来たんですけど、どうも苦手ですね」

 

 

 

「からあげが好きなんですか?」

私のオードブル皿の大半を占めているからあげを見て、男性が言った。

からあげの皿を見て、少し恥ずかしくなる。

 

「からあげ、好きなんです。・・・カレーがお好きなんですか?」

大盛りに盛られたカレー皿を見て、私も聞いてみる。

「カレー、好きなんですよ」

 

 

 

会話はあまり盛り上がらないまま、私は誰ともマッチングすることなく婚活パーティーはつつがなく終了した。

うん、こんなもんだ。予想通りだ。

コートを羽織り、一人で会場の外へ足早に出る。12月頭の冷たい風は、熱気ですっかり温まりすぎた頬に丁度良かった。会場の最寄り駅へ向かって、歩き始める。

 

 

ぐるぐる巻きにしたマフラーに顔をうずめる。

これが、現実ってやつだ。

1日でマッチングなんて、そりゃあ無理な話なんだ。せっかく都内まで出てきたんだから、帰りに美味しいスイーツでも買って帰ろうか。高く両端にそびえているビルと、その間に広がる空を見上げながら思う。

都会だな~・・・東京だな〜・・・

 

 

 

すっかり1人モードになっていたところ

「あの!!!」

大きな声に背中をたたかれたような気がして、振り返るとさっきの大柄な男性が少し怖い顔をして立っていた。

「LINEを聞けていなかったから、聞いておけたらと思って」

 

 

マッチングの間も、和大が誰にもアプローチしていない様子だったのは、会場の隅から見ていた。そういうことなんだろうな、とほんの少しだけ残念に思った気持ちを、仕舞い込もうとしていた。

 

少しだけ息が切れて、ダウンの前をはだけて、手にはスマホを持っている。

リュックが、肩からずり落ちていた。

 

 

「私も。聞けたらなって思ってました」

私もコートのポケットから、スマホを取り出した。

和大が白い息を吐きながら、嬉しそうに笑った。私も、思わず笑った。

 

 

 

クリスマスイブ。

私は、1人でゆりかもめに揺られていた。

台場海浜公園駅待ち合わせ、17時。

レストランは18時に予約したから、と連絡が入ったのは1週間くらい前のことだ。

 

 

婚活パーティの後は、何回か仕事の後にご飯を一緒に食べに行っていた。

ラーメン屋さんにお好み焼き屋さん、焼き肉屋さん。和大がおすすめだというお店は、どこも本当に美味しかった。

 

 

 

クリスマスイブにお台場で会うなんて、高校生みたいだとちょっとウキウキする。

今日は、おろしたてのグレンチェックのワンピースを着て来た。

ウエスト部分の繊細な消しプリーツが柔らかに身体のラインを拾うので、いつもの服よりもほんの少しだけスタイルが良く見えるような気がする、と思い込んでおくことにする。

 

 

駅につくと、和大がもう改札のところにいた。

珍しい。

ジーンズじゃない、暖かそうなコットン素材のパンツを履いてジャケットを着ている。

ペンキは、少しも飛んでいない。靴もまだ、硬そうな革ものの新しい靴を履いている。

 

 

「似合うだろう?」

「ううん、ちょっと不思議」

思わず、笑って一緒に歩きだす。

 

 

 

レストランは、レインボーブリッジと東京タワーが美しく見えるところにあった。

窓際の席を予約してくれていたらしい。

みるからにクリスマスのカップル達が、もういくつか席を埋めている。

レストランの照明は夜景がよく見えるように、かなり絞られている。

 

 

 

「よくクリスマスに、ここ予約できたね」

なんとなく、ひそひそ声になる。

「キャンセル待ちに予約しておいたんだよ。こういう店ってどうしたら良いんだろうな?」

「ん?私もわからない」

 

 

金色のシャンパンが出てきた。

和大の大きな手には不釣り合いの華奢なシャンパングラス。

カチンと乾杯をしてお互い一口ずつ飲み干すと、なぜかシャンパングラスを目の高さに持ってきて、和大がおかしなポーズで止まっている。

かっこつけているらしい。

 

 

「どうしたの?」

「それっぽいだろう?」

「ううん、おかしい」

 

思わず、ブゥ!と吹き出す。レストランのなかで笑い声が響き渡っては台無しなので、抑えようと思うと、余計におかしくなってくる。

 

 

小さな前菜。よくわからない野菜と何かと何か。パンも運ばれてきた。

小洒落たレストランってなぜかわからないけど、パンが一番美味しく感じるね。とは、言わないことにしておく。

 

 

直径30cmはあるかという大皿に、ほんのひときれだけのステーキは乗っていた。

とても、小さな可愛らしいステーキ。

フルーツソースがお皿の空白部分にお洒落にかけられているが、お肉の小ささが余計に際立つ。

 

「小さくないか?」

「小さいね・・」

「俺、これじゃ全然足りないよ?」

和大がステーキを見て笑いをこらえている。

「うん、多分、私も足りないと思う」

笑っている和大を見ていると、私もつい、笑ってしまう。

 

 

レストランの気配に押されながら食べた肝心のステーキの味は、正直美味しいのかよく分からなかった。

婚活パーティーで食べたステーキの方が大きくて、テリヤキソースみたいのがたっぷりとかかっていて美味しかったと思う。

このレストランのお料理は、お皿がメインなんだろうか?

 

 

お店のなかは、全部がきらきらしている。

お洒落でシックな内装に、古いジャズのような音楽が流れている。

クリスマスを楽しむカップル達も、美しい夜景も。眩しいほど綺麗なのに、そこには私はしっくりとなじめないような気がしていた。

 

 

小さなシャーベットと小さな小さなチョコレートケーキのデザートを食べ終わると

「全然足りないなー」

「足りないねぇ」

言い合いながら、サッとレストランを出てきた。

 

 

 

「コンビニでも入ろうか?」と話していたところ

フジテレビの下で、なぜかカップラーメンの試食会が行われていてフラフラと2人で吸い寄せられてしまった。

トンコツ味の少し大きめのカップラーメン。

迷わず2つ購入して、側にあったベンチに並んで食べ始める。

 

 

ゴマがたくさんふりかかかっていて、スープもほかほか濃厚で美味しい。

「ウマーーーーーっっ!!」

和大が隣りで、白い息を盛大に吐き出しながら叫ぶ。

「うん、これはウマーーー!だね」

ベンチで、ずるずるずるずると麺をすする。

時々、カップル達や家族連れの人達がこちらをちらりと見ながら、通り過ぎていく。

 

 

「こっちのが、俺達に似合ってね?」

「うん、間違いないね」

「カップラーメンってこんなウマかったっけーーー!??」

嬉しそうに、豪快にすすっている。

思わず笑う。

 

とっても活きいきと、カップラーメンをクリスマスイブにお台場で2人ですすっている。

 

 

「なぁ」

「うん?」

「付き合おっか」

 

 

カップ麺をすするのをやめて和大を見ると

柔らかな真っ直ぐな目をして、こっちを見ていた。

「うん、付き合おっか」

「マジでか!?」

「うん、マジでだ」

「やった!!!」

 

また勢いよく、ずるずるとカップラーメンをすすり始めた。

きっと、このカップラーメンの味は忘れられなくなるんだろなぁと思いながら、私もスープをごくごく飲んだ。

 

 

10cmくらい、2人の間に隙間が空いていたから

少しだけおしりを和大の方にずらしてみる。

和大もそれに気付いて、こっちに身体を寄せてくれた。

もこもこのダウンどうしがぴったりとくっつく。

 

 

「ひひひ」

「ひひ!」

なんとなく笑い合う。

モコモコと身体を寄せ合いながらすするカップラーメンは、やっぱりとても美味しかった。

 

 

 

何度かのデートを重ねた後

私たちは池袋の大衆居酒屋にいた。

短冊にメニューを書かれたものが、盛大に壁一面を埋め尽くしている。

 

 

カウンターに並んで、和大は鯖の味噌煮定食、私はまぐろのお刺身をゆっくりとつまんでいる。

中ジョッキを少しずつ空けていた。

 

ここの居酒屋は、何を食べたって美味しい。

あのレストランよりもあたたかく、味がくっきりと舌に残るのはなぜなんだろう?

時計は、11時45分を指していた。

池袋発の終電はそろそろ出る時間だった。

酔っ払いとお酒の臭いがぎゅうぎゅうに押し込められている、年末の終電。

 

 

「終電が、行っちゃうなぁ・・」

あんまり時計を見ないようにしながら言ってみる。

 

「あぁ、終電、そっか。行っちゃうな」

和大も、時計を見ないでビールを飲んでいる。

私も、炭酸がすっかりなくなったビールを少しずつ飲む。

 

 

終電が行った後の池袋は、少し寂しい。でも、清々とした空気に包まれている。

いつもはギュウギュウの横断歩道も、人かげがまばらになっていた。

どこへ行こうとも言わず、足の向くままに2人で歩いていた。

 

 

サンシャイン通りに差し掛かったころ、ほとんど人気がなくなった。

立ち止まって和大を見て、にやーと笑いかける。

 

「何?気持ち悪いよ?」

ひどい。

内心思いながら

でも、今がチャンス!と思って、踵を思い切り強く蹴り上げて、全速力で走り出した。

 

 

「おい!」

後ろから和大の声が弾けた。

20メートルくらい走ったところで、軽々と和大が私の横を走り抜けていった。

「良かった」と心から思った。

付き合った人には、50m走と腕相撲を挑まずにはいられないのだ。

 

 

「酒飲んでるんだから、危ないって」

手首をぎゅ!と掴まれた。

大きな手に、手首はすっぽりとおさまっている。

 

 

息を切らして、笑って顔を見上げると同時に、抱きしめられた。

 

抱きしめてほしいと、ホントは願っていた。

 

 

初めて嗅いだ和大の匂いは、ほんの少し煙草の匂いとさっきの居酒屋さんの匂いと、いろんな匂いがまぜこぜだった。

私の頭に和大は口をつけているのか、頭の一部がちょっと熱い。

 

和大は手を握り直すと、少し無口に池袋の街を歩きだした。

 

 

 

 

* * * * *

 

~あとがき~

何だか照れ臭いような気持ちなので、後書きを付け加えておきます。

この「ひときれのステーキ」は、Twitter内の3000文字チャレンジの企画にお題として出ている「ステーキ」・「クリスマス」からイメージして作ってみました。

クリスマス時期までに、創作の恋愛ものを真剣に書いてみたいと思っていたので、間に合ってほっとしています。

 

この雑記ブログの中であまり真剣に取り扱ってこなかったジャンルに【恋愛】があったので、今回それを破る気持ちも込めて書いてみました。

 

 

実際に書いてみると、とても楽しくて約5000文字があっという間でした。

クリスマスに恋が叶ったり破れたりしていた10代や20代のころを思い出すと、歯がゆいような気持ちにもなりますが、やっぱり恋愛はいいなぁと今回の「ひときれのステーキ」を書き終えて思っています。

 

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