数年前に君が作りあげた船は
たいそう綺麗な花が、ぎっしりと並べられていた。
綺麗なカーペットが船まで敷かれていて、「どうぞ」と手を差し伸べてくれて
幸せな気持ちに包まれながら、船に乗り込んだ。
クルーズは、順調だった。
風向きも良い。
元気な息子も産まれてきてくれた。
月日が流れて、何年か経ったある日。
備蓄庫を見ると、パンがもう無くなっていた。
野菜や肉も、ほとんど底を尽きている。
「次の港で食料を補充しよう」
と訴えても
君は、首を縦には振らない。
娘が生まれ
子ども達と私が感染症にかかり
高い熱が出てしまったとき。
「次の港で、病院へ行かせてほしい」
と頼んだけれど、それも無理だ、と。
気が付けば
足元は浸水してきている水で濡れていて
花はとっくに枯れ果て
船が泥で出来ていることが分かった。
泥の船がバランスを崩して
今にも沈みそうになっている。
息子は、怖がりながら船のへりにつかまり
娘は、泣きながら私にしがみついている。
出航前に
宝箱の中には金貨が入っているから
決して触れぬようにと言っていたけれど
君が抱えていた宝箱のなかには
金貨は1枚も入っていなかった。
それでも、君はオールを手放さない。
船が傾き沈みかけていても
高波が君に何度も被さろうとも
船を前進させるのを
止めようとはしない。
君が決してオールを手放さないなら
私が船を作り直すことだって出来るはずだ。
浮きやすく
今よりも、うんと頑丈な船を作ろう。
ちょっとやそっとの高波にも
ビクともしないように
色んな人の知恵を借りながら、作り直そう。
港が見えているから、あともう一息。
沈まないでと祈りながら
私もオールを手に、力を込めて懸命に漕いだ。
やっとの思いで、港に到着した。
君は漕ぎ疲れて
大きないびきをかいて、すぐに眠り始めた。
泣き疲れた娘も
君の側に寄り添ってくうくうと眠っている。
息子は久しぶりの港が嬉しいのか
「ママ、見て見て!」と大興奮で走り回ってる。
船に積んでいたいくばくかの所持品や
母からの形見を骨董屋へ持っていき
全て、お金に変えてもらった。
そのお金で街のパン屋さんで
大きな食パンを一斤買うと
くっついてきていた息子は
早速ちぎりながら食べ始めた。
さて、船を造るのは始めてのことだ。
まずは、船の設計の仕方を教わる必要がある。
食パンを買ったパン屋さんで
「船の設計に詳しい人はいませんか?」と聞いてみたら
「灯台守のおじいさんが一番詳しいよ」と教えてくれた。
私よりも早く、息子が「ありがとう!」
と満面の笑みでいうと
パン屋の店員さんもニコニコ笑ってくれていた。
早速、灯台へと急いだ。
息子は
自作の歌を歌って、ご機嫌な様子だ。
灯台の下で、ヤギの世話をしているおじいさんがいた。
「船が沈みかかっていたので、新しい船を一から作る必要があるんです。おじいさんが作り方に詳しいと聞いたので、教えてもらえませんか?」と問うと
私と息子を、静かに交互に見たあとに
「駄目だ」と小さな声で返された。
「なぜですか?」
「そうやって今まで何人ものやつが聞いてきた。でも、結局は船を丁寧に作ることが面倒になり、適当にごまかして作ってしまうんだ。そうやって作った船は、いずれ転覆する。子どもがいるなら、駄目だ」
そう言うと、おじいさんは灯台のなかへ入っていってしまった。
「戻ろうか」
息子の手を握り、泥の船まで戻ることにした。
君はまだ疲れて眠っていて
娘も夢のなかの様子だった。
とりあえず眠ろう。
息子は「ぴったりとくっついてね」と
必ず眠るときに、私に言う。
ぴったりとくっついて
息子の寝息を聞いていたら
いつの間にか、私も眠ってしまっていた。
次の日、まだしばらく出港できないことを伝えると
君は、植物の種を拾ってきて撒き始めた。
そして、娘を抱っこして
食べられる木の実や草が生えてないか
探してくると、探検に出かけた。
私は残りのお金を使って
「船の構造の全て」という本を買った。
息子は「これがほしい!」と
テントウムシが載っている小さな絵本を手にとった。
ぎりぎり買える値段だ。
「それも一緒にください」と言うと
「やったーーーーー!!!」と
わかりやすく飛び上がって喜ぶ息子に思わず笑っていた。
拠点に戻ると
もう泥の船はほとんど形をなくして
砂浜と見分けがつかなくなっていた。
君はいくつかの木の実を集めてきていて
今度は、釣竿を熱心に作っている様子だ。
「釣りは、好きなんだ」と
なにやらウキウキとしている。
抱っこ紐の中におさまっている娘は
よく眠っている。
長い睫毛が、綺麗。
泥の船に載せていた通信機器からは、友人達の楽しそうなクルーズの様子が聴こえていた。
私はその電源を切ると、通信機器も骨董屋さんへと売りに出した。
今は、必要ない情報は頭に入れられそうもない。
私は港に落ちていた廃材を拾い集めてきて、購入してきた本をまずは読むことにした。
隣で、息子もならってテントウムシの本を読み始めた。
本を読み始めると、とても熱心だ。
本に書いてあるとおりに、廃材を組み上げ始めた。
廃材が足りなくなっては港へ行き、少しずつ集めてくる。
気がつくと、息子の姿が見えない。
夕食までには戻って来るだろう。
私は汗を拭きながら、船を組み上げる作業を続けていた。
続く・・・**
https://koharunokirakira.com/biyori/2019/06/01/syakkin-6month/
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