幼少時代の本棚には、少女漫画が3割で少年漫画が7割ほどあった。
兄がお小遣いでこつこつと集めた少年漫画を読みながら、私は育ってきた。
ハイスクール奇面組、金田一少年の事件簿、スラムダンク、こち亀、哲也-雀聖と呼ばれた男、RAINBOW-二舎六房の七人-、ひぐらしのなく頃に、などなど。
お笑い好きもミステリー好きも、漫画から影響を受けたところがとても大きい。そして、自分の趣味に男の子成分が多めなのも、やはり兄の影響なのだと思っている。ゲーマーだった兄は、さまざまなゲームの攻略法を私に伝授してくれた。
麻雀漫画の哲也には、哲也の師匠となる房州さんが登場する。
その房州さんが得意技としていた「ツバメ返し」は、成功するわけもないのに実際に兄と麻雀牌で練習してみたことがあった。ツバメ返しは、手牌と山を14枚も入れ替えるという技だ。兄と思い切り牌をがっしゃがしゃと崩してしまいながら、成功するはずもない大技に何度も挑んでいた。
麻雀好きだった両親は私が生まれたときに麻雀牌を買っていて、私の中学入学と同時に麻雀のルールや技を教えてくれたのだ。
兄は一人暮らしする直前に、本棚に「賭博黙示録カイジ」を揃えだしていた。
映画化の際には藤原竜也さんが主演されて大ブームを巻き起こした福本伸行さんが書かれた漫画だ。この漫画が本棚に並ぶたびに、私はわくわくしながら読ませてもらっていた。
鉄板かもしれないが「沼」のストーリーは、本当に度肝を抜かれた。カイジの漫画に夢中になっているころは、しばらくは兄と「ざわざわ・・・」と言い合うのがお決まりになっていたのだ。
そして数年後、私もナースとして働きながら一人暮らしをしていた。
1ルームの日当たりがあまりよくなかった一室。
給湯器が壊れてしばらく銭湯通いをしたり、洗濯機が壊れてすぐに買い替えられずコインランドリーを往復したりしたときもあった。
お給料日には、美味しいラーメン屋さんに一杯食べに行くのが楽しみだった。
当時、私は自分の不器用さを、とても情けなく思っていた。
トークも上手ではなく、仕事も全く速い方ではなかった。しかし、職場ではその両方が求められていた。職場では毎日ほぼ矢継ぎ早のトークが繰り広げられていて、そこに上手に乗れなければ自然とつまはじきとなる。先輩から怒られることも多く「なんで続けているんだろうな…」と、20代半ばには虚無感に包まれることも多くなっていた。
夢を持って入職した看護師の20人に1~2人は、1年以内に離職しているという統計もある。離職率は、他業界を含めてもナンバーワン、というのはよく聞いていた話だった。
夢を打ち砕くには十分すぎる壁が立ちふさがっていることを、私も入職したばかりのころに既に理解していた。入職当時で1日13~14時間勤務もザラで、休日に勉強会が開かれることも多かった。先輩から手が飛んでくることもあったが、上司は守ってはくれなかった。職員トイレのなかで、声を殺して泣いた日もあった。
なんのための看護なのか。
なんのために、働いているのか。
20代は、白衣に身を包む理由を見失ってしまっていた。
そんなとき、私はちょくちょくメロンソーダを飲みながら、漫画喫茶で漫画を読みふけっていた。
そこで「最強伝説 黒沢」に出会った。
ヘルメットをかぶった黒沢の表紙をみて「ちょっと冴えないおじさんの漫画かな・・・」と思った。でも、カイジを書いた先生の作品なら読んでみたい。そう思って、1巻を手に取ってメロンソーダをごくごくと飲みながら読み始めていた。
イメージだと、アゴが特徴的なクッキングパパととっても似ている。
「最強伝説黒澤」は、土木作業監督の黒澤がサッカーのワールドカップの試合をテレビで応援して涙しているときに、ふと「このままでいいのか?」と自問自答するところから始まる。
他人の人生に何を涙を流しているんだ?
自分自身による自分自身の感動を得たい!
そしてなによりも「人望が欲しい…!
44歳の独身で、彼女や気軽に一緒に飲みに行けるような友達はいないという設定。それだけでも、ちょっと切ない。
命がけのギャンブルをしてきたカイジと比べれば、まったく華が無いといっていいのかもしれない。
でも、ページをめくる手は止まらなかった。
この漫画を包み込むのは、哀愁や切なさ。
がんばってもがんばっても、何一つ良い方向には転んでくれないもどかしさ。その頃のやるせない思いを抱えていた自分自身と重なって、読み進めていくうち自然と涙がこぼれた。
当時、周囲の親友たちは気が付けば横のバージンロードを歩いていて、気が付けば赤ちゃんを抱いていた。焦っても仕方がないことだとわかっていても、自然と焦りを感じてしまう年ごろになっていた。
自分のお誕生日に同僚から「おめでとう」って言ってほしかった黒澤は、職場のカレンダーの自分のお誕生日のところに「黒澤」と小さく書いていた。
「あれ、黒澤さん、これなんですか?」
と同僚から聞かれれば
「誰がこんなの書いたんだ?あ、そこは俺の誕生日だっけ!」
という段取りだったんだろう。
飲み会で星座の話を一所懸命ふってみてもスルーされて、誰からも一言もお祝いされなかったお誕生日。
そして、アジフライ。
現場監督としてやってきた赤松(とても気配りができ、仕事もできる人)に現場での地位を奪われそうになった黒沢は、みんなが昼休憩に食べるお弁当にコッソリと1つずつアジフライを仕込んでおくことを思いつく。
もうおかずのメインとなるカツが入っているのに、アジフライを追加。
これでみんなは「おかしい!」と感じるはずだろうと黒沢は考えた。
「一体、誰がこんな粋な計らいをしてくれたんだ・・・?」と昼食休憩中にがやがやし始める社員の間から
「いやあ、実は…」
とちょっと照れくさそうに言い出す黒澤。そして、社員達からは羨望の眼差し。圧倒的地位の奪還!!となる予定だった。
でも、追加されたアジフライのことは誰も気にかけず、皆ふつうに美味しく弁当を食べ進める。
私もおかずにカツとアジフライが入った弁当を差し出されたら「豪華な弁当だ、よかったよかった」くらいにしか思わないかもしれない。お腹が減っていれば、丁度良いボリュームかもわからない。
そして、みんなの手に弁当が行き渡ると、自分の弁当が無い!と気付いて怒る黒澤と、弁当が無くても黙ってやり過ごそうとしていた赤松。
赤松の対応があまりにもスマート。
でも、人間臭く泥臭くもがいている黒澤をみていると「こちらがリアルなのかもしれないな…」と思ってしまう。
うまくいかなくって足掻いて、空回りしてしまう。
相手のためといいながら、気が付けば自分のためになってしまう。
失敗して恥をかかずに、上手に切り抜けたい。
でも、どう立ち回ったって、それが叶わない人もいる。
だけど、情けなくたって上手くいかなくたって、人生は愛おしいということを教えてくれた、最強に面白い漫画です。
漫画で最も推したい1冊は?と聞かれれば、「最強伝説黒澤」と迷いなく答えます。
今も、アジフライを見るだけでも黒沢の姿をいつも思い出してしまう。
アジフライを逆さまにもって「ほら、ハートの形にみえるだろう?」って黒澤が照れながら話すシーンをいつも思い浮かべてしまう。
ちなみにGoogleで「最強伝説黒澤」と検索すれば「最強伝説黒澤 アジフライ」と出てきますよ。
私もまた足掻きながら、もう一度看護に向き合ってみたいなと思う。
久しぶりに働きだしたばかりの私の白衣は、まだまだしろい。
~あとがき~
少し遅れましたが【3000文字チャレンジ】3年目突入。
本当に、おめでとうございます!!
これからも、のんびりペースになりますが是非参加させてください♪
2020年ラストに滑り込み投稿できて、ほっとしました。