3000文字チャレンジ

ローリングストーン【3000文字チャレンジ 石】

3+

颯爽と歩いていって、彼の背中がどんどん遠ざかっていく。

一度も振り返らない。

すぐに、背中は見えなくなってしまった。

 

 

「だから、諦めなさいって言ったでしょ」

「放っておいて」

 

石美に言われて、自分が泣いていたことに気付く。

さよならは、なんとなく予感していた。

でも、きっと来ないはずと思っていた。

 

周りではいつもの石ころ仲間たちが賑やかにお喋りしていて、次第にお喋りは遠くに聞こえる。

石だけど。

ホントは、見てくれているんじゃないかと心のどこかで期待していた。

私はやっぱり、高をくくっていたんだ。

繰り返される毎日になんにも、変わりはないはずだと。

 

 

涼しい、月が綺麗な夜。

石ころ仲間たちの寝息を聞きながら、寝付かれなくて星を数えていた。

 

 

次の日の朝は、いつものようにやってくる。

6時前なのに、地面から伝わってくる温度はもう熱気を帯び初めている。

目が覚めた石ころ仲間たちは、今日は誰に蹴ってもらえるのかを話すことに夢中だ。

私は、今日はその会話の中に入れずにいた。

なんとなく、そんな気分じゃない。

 

 

1人目はいつものように、ねこまにあさんだった。

コツン。

蹴ってもらったのは、石美だ。

「ほら!私だったでしょ」

彼女は、誇らしげに石ころ仲間たちに自慢している。

 

 

1番乗りで三千文ジムに入った彼女は、窓を全て開け放して新しい空気を入れている。

彼女の可愛らしい小さな歌声が朝一番のジムから漏れてくるのを聴くのが、私は好きだ。

 

次にやってきたのは、ななこさん。

コツン

「やりー!!ななこさんに蹴ってもらえた!」

石次郎も嬉しそうに仲間たちに報告している。

ななこさんは、バケツ一杯の水を持ってくると地面の温度が上がる前に打ち水をしてくれる。

パシャっ!パシャっ!パシャっ!

私たちにとっては、気持ち良いお風呂の時間。

「極楽〜」

石美は、目をつぶって気持ち良さそうにそう言ってる。

ホントだね。この時間は、石ころ達にとって格別な時間。

 

 

続いて、もたろうさんとさるわしさんが、わちゃわちゃと話しながらやってきた。

コツンコツンコツンコツンコツン

たくさんの石ころ仲間たちは蹴られて、ころころ転がる。

くすぐったくで、皆んなで思わず笑ってしまう。

仲間たちの笑い声を聞いていると・・・

 

 

コツン

優しく蹴られたと思って顔をあげると、やっぱり、まめてんさんだった。

なぜか、彼女は毎朝私を蹴ってくれている。綺麗に蹴り飛ばしてくれるから、私はよくコロコロと転がり、まんまるになっている。

だから、私はツヤツヤとまんまるの綺麗な石ころになってきた。

 

 

「石子はまんまるで良いよね」

石美によく言われて、まんざらでもなくてちょっと嬉しくなる。

石美は頭が少し角張っているのがコンプレックスだと、よく話している。

 

まめてんさんが持つビニール袋の中には、やっぱり塩バターパンが入っている。いつもは1つなのに、今日は2つ買ってきたみたい。

昨日、塩バターパンがとっても美味しそうだと物欲しそうな顔をしていた小春さんの分も買ってきてあげたんだろう。

 

梢さんの運転する車が、駐車場にするりと滑り込んできた。B’zの音楽が車の窓から賑やかに流れてきている。やーさんが最寄り駅から乗せてもらったらしく、2人が降りてきた。

平安時代のなんたるかについて、わいわいと話している。やーさんは平安時代の着物をしっくりと着こなしていて、やっぱりとても良く似合う。

 

 

颯爽と歩くマチ子さんは、いつも良い香り。甘いお花と、ほんのちょっとエキゾチックな香りがする。

なんとなく、側を通り過ぎるときにどきどきする。

マチ子さんに蹴り飛ばしてもらいたくて、がんばって背伸びをしているのは石馬だ。

でも、今日蹴り飛ばしてもらったのは石男だった。石馬は悔しそうに、石男にぶつかりに行っている。

 

 

そんな、いつもの朝の様子を見ながら

「でも、もう彼は来ない」

と、石子は急に心細くなってきた。

もう会えないのなら、勇気を出して彼の靴に自分からぶつかりに行けば良かったんだ。

そんなことをぐるぐる考えているなか、何人かの会員さんが後ろを通っていくのを感じていた。

 

 

と、

急に、大きな手のひらに身体が包まれた。

温くて、さらさらしている。

初めて見る男の人の優しそうな目が、私を覗きこんでいる。

石として生きてきて、こんなにもドキドキすることはなかった。息ができない。

地面が遠く遠く離れて見えて、石美や石ころ仲間たちも心配そうにこちらを見上げている。

 

 

「綺麗だな」

とても、落ち着いた低い声。

恥ずかしくて嬉しくて、身体から火が吹き出してしまうかと思った。

私を優しく手のひらにくるみ直すと、三千文ジムの中へそのまま連れて来てくれた。

 

扉をまたぐ瞬間、石美の

「石子!!!」

の声が耳に飛んできていた。

そういえば、ジムの中に入ったのは初めてのこと。石ころは、入ってきてはいけない場所。

 

 

名前札の下のところに、その男の人は優しく私を置いてくれた。

桜花さんがカウンターからひょこっと顔を出して

「なかの会長、それ、どうしたんですか?」

「うん?ちょっとな。」

 

桜花さんはこちらへ歩いてきて、私とおんなじ高さに目線を合わせる。おもむろに救護バッグを取ってくると、厚手のガーゼを布テーピングでくるくると巻いて、私をちょんと乗せてくれた。

ふかふかする!お布団だ!

桜花さんに「ありがとう」を伝えると

ほんの少し、笑いかけてくれたような気がした。

 

ジムの奥に目をやると、ろぎおさんが目を細めて美味しそうに淹れたてのモーニングコーヒーを飲んでいる。隣でくういちさんは、新作のスタバのフラペチーノを美味しそうにごくごくと飲んでいる。

隣では、あひるさんがロートリセの目薬をさしている。昨日も遅くまで居残りしていたから、きっと目が疲れているんだろう。

 

ユウキノスケイさんは丹念に観葉植物の世話をしていた。アジアンタムが霧吹きで水を吹きかけられて、嬉しそうに揺れている。

ジム開始時間が近くなって、続々と会員が走り込んできている。

 

イブイブさんがドアを開けて、名前札をくるりと返すと、ふと私に目を留めてくれた。

ツルツルツルと頭を撫でてくれて、恥ずかしいような嬉しいような気持ちになる。

待宵スークさんは、いつものランニングを終えて汗を拭きながら入ってきた。私にちらりと目くばせしながら、軽やかに更衣室へと向かっていく。

 

ラストで滑り込んできたのが、荒木さん。新しい店舗の店長さんになるそうだが、マメにこちらにも顔を出している。今日も2ブロックが、ぴしっと素敵だ。

 

 

「集合!」

なかの会長が皆んなに声をかけ、丸い輪になり集まった。ほんの少し、ぴりっとした緊張感。

なんとなく、私もお布団の上で背筋を伸ばす。

「メンバーの入れ替わりはあるが、各々大会に向けてベストを尽くすように。以上!」

さっぱりとした挨拶が終わると、三千文ジムの会員たちはそれぞれにアップを始めていた。

 

幸弥さんの縄跳びは、フォームが乱れずとても綺麗。軽やかにぴょんぴょんと飛んでいる。

なほみさんは熱心にプランクをやっている。身体がぴんと一直線に伸びていて、きれいだ。

もとみさんはシャドーボクシングで、フォームの調整をきっちりと行っている。

 

 

アップ後には

スパーリングが始まった。

いつにない真剣な表情の会員さん達の顔を、それぞれに、見つめる。

 

中央のリングでは小梅さんとマチ子さんのスパーリングが始まり、周りには2人を応援する声が飛ぶ。素早いジャブからのフック、鋭い右ストレート。

私も見ているうちに、気がつけば汗をかいていた。

 

隣のリングでは、たなかさんとやーさんのスパーリングが始まった。ガードを固めながらの激しい打ち合い。普段は穏やかな表情でジムへ入っていく二人が初めて見せる真剣な表情に、思わず目が離せなくなる。

 

さらにその隣のリングでは、まなみんさんとなつめさんのスパーリング。二人ともよく走り込みをしているから、ステップがとても軽やか。お互いの鋭いジャブを軽快にかわしている。

 

一日のメニューが終了すると、うるちさんとすなおさんが準備していた塩むすびをふるまってくれる。味付き卵とたくあんのセットだ。美味しそう・・・。私も、一緒に食べられたらいいのに。

ちらほらと残る会員のほかは、がらんと寂しい室内になった。

ふと壁に目をやると、オーストラリアのEriさんからのエアメールがピンで貼ってあった。オーストラリアでいちご摘みをしているEriさんの嬉しそうな笑顔がこちらを向いている。

 

クロジさんはみんなが帰った後に、床のモップ掃除をしている。念入りに磨き上げているから、床がぴかぴかと光っていた。掃除を終えて、クロジさんも名前札を返して帰っていく。

 

なかの会長は、なにやら日誌を書き終わるとさっぱりと席を立って電気を消して出て行ってしまった。

 

急に、1人になってしまった。

そういえば、石美はどうしているだろう?

石ころ仲間たちも、心配しているかな。

 

「石子!!!」

ビクっ!として声のした方を見ると石美だった。

ドアがほんの少し、開いている。

「大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。お布団も作ってもらった。でも、そっちに戻りたいよ」

「転がれる?」

「ちょっとまってね・・」

 

 

持ち前のまんまるさで、勢いをつけてドアに向かって転がる。

コツン!!!

地面に落ちた衝撃で、少し顔が欠けてしまった。

身体にも、擦り傷ができたのがわかる。

 

 

ころころころころころころ

「ちょっと!石子、どこにいくの?」

勢いのままに、石ころ仲間達の間をすり抜けて行く。

「うん?ちょっと、散歩行ってくる」

 

空が大回転する。

地面が身体を力強く押してくれる。

生まれて初めての追い風を感じながら、どこまでも転がっていく。

 

 

いつの日にか、道端で偶然あなたに会えたときに

ちゃんと目に留めてもらえるくらい、綺麗な石ころになっていたい。

だから、擦り傷をたくさんつくりながら転がり続ける石ころになることを、心に決めたんだ。

 

* * * * *

~あとがき~

1週間ほど前には書きあがっていた記事なんですが、アップしようかとても迷っていました。

3000文字チャレンジャー様達の名前を出したかったんですが、果たして名前を出して良いのか・・?

実際にまだ勇気がでなくて自分から絡みに行けていない人も多く、名前を出せない人もいるけど良いのだろうか・・?といろいろと考えて躊躇してしまっていました。

少し、不安もあったんですが

でも、新主催者さんのなかのさん(@nakano3000 )の記事を読んで、ふっと「あ、やっぱりこの記事を出したいな」と思えました。

背中を押してもらった気持ちです。どうもありがとうございます。

 

始めてのスピンオフ作品となりましたが、まめてんさんが以前に書かれていた【三千文ジム】の続きが頭のなかにどんどん浮かんできて、是非記事を書かせて頂きたいなと思っていました。

この記事をアップすることを快諾くださったまめてんさんに、心から感謝を申し上げます!

まめてんさん(@mametenmegane)の三千文ジムの記事↓すごくすごく好きな記事です。是非、読みに行かれてみてくださいね(*’▽’)↓

https://mameten0010.hatenablog.jp/entry/7rtko3000

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