3000文字チャレンジ

水の底に座ること【趣味 3000文字チャレンジ】

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明るい広い天井を覆うように、大きな窓ガラス越しには暗闇が広がっている。

胸いっぱいにカルキの匂いを入れながら

アキレス腱を、ぐーっと伸ばす。

 

閉館1時間前の市営プールはもう、学生達がいないから、笑い声もなくて

ガランとだだっ広い。

 

 

一時期はプールを目当てにジムへも行っていたけれど、なんとなく煌びやかな雰囲気のプールが肌に合わなかった。

人気のジムだったのでどの時間帯に行っても泳いでいる人が多く、低い天井にはいくつもの明るいライトが備え付けられて、水面は眩しく光っていた。

 

なんとなく、市営プールのこの時間の寂しいガランとした雰囲気が好きだ。

なぜだか、天井がものすごく高くて開放感があるところも。

監視員さんも、少しくたびれた表情でプールの水面を眺めている。

 

 

大体この時間に来るのは、人が決まっている。

仕事帰りのサラリーマンや、おそらくは大学か高校の水泳部の人がちらほら。

いつも泳いでいるおじいちゃんもいる。

 

プールサイドで、背中も腕も十分に伸ばしてストレッチする。

プールの半分は、子ども達向けの自由なエリア。自由なエリアで今の時間に泳いでいるのは2〜3人くらい。

 

 

その隣が泳ぐコースになっている。往復が2コースずつ。あとは、歩くエリアが2コース。

泳ぐコースは1つが途中で足をついても良いのんびり泳ぐ人達のコースで、もう一つが本格的に泳ぎこみたい人向けのコース。

まずは、いつもののんびり泳ぐコースにジャポン!と入る。

 

 

このコースで泳いでいるのは、ゆったり泳いでいるおじいちゃんだけ。

 

昼間や夕方に来ると、このコースだけでも6〜8人いるときもある。

やっぱり、プールは空いているに限る。

広い広い市営プールの中で、まばらに水を弾く音が響いている。

 

 

まずはゴーグルをぴったりと付けて、頭の先まですっぽり水に浸かる。潜ったら、プールの底で足を伸ばして座る。

今日は水を張り替えたばかりの日だから、プールの水は澄んで、25m先の奥深くまで良く見える。

 

 

広い広い、深い蒼い水の底。

上から見ているよりも、潜ってみるとなんでこんなにも広く深く感じるんだろう。

ぷくぷく息を吐きながらたっぷりと座って、プールの底の景色を眺める。

泳ぐのとおんなじくらい、プールの底の景色を眺めるのが好きだ。

 

 

不審に思われないのなら、しばらくプールの底に沈んだままプールの底の景色をずっと眺めていたい。

このプールの底にじっくり座っているのも、コースに人が多いときには出来ないことなのだ。

おじいちゃんがこちらへ引き返してくるのが見えたので、そろそろスタートしなければと思い至る。

 

 

一度立ち上がって体制を整え、ゴーグルをしっかりと付け直す。

手を真っ直ぐに伸ばして組み、静かに膝を折って水に沈み壁を力強く蹴る。

 

なるべく深くを、蹴伸びのままで進む。

あごを引く。

スピードが落ちきる前に、ゆったりとドルフィンを始める。

 

やっぱり、水を入れ替えたばかりの日は水の温度がいつもよりもひんやりと感じる。

混じりっけのほとんどない、カルキの水。

 

泳ぎながら横をちらりと見ると、プールのへりまでクリアに見える。

夜は、プールの底の水の青さは深さが増す。

もう戻って来られないような少し怖い気持ちにもなるけれど、やっぱり嬉しい気持ちの方が大きい。

 

ドルフィンを繰り返す間に、身体が徐々に浮いてくる。

おじいちゃんとすれ違うのが分かった。

あのおじいちゃんは、私よりも少し泳ぐのが速い。

 

 

身体が十分に浮き上がったら、ゆったりとクロールを始める。

クロールをするときには、水中で大きくイナヅマの絵を描くように腕をかく。

 

手のひらは、水から垂直になるように立てて人差し指から入水する。まず外側へ軽く水をかき、素早く斜め内側に水を押し込む。その流れのまま斜め後ろへ水を押し出しながら手のひらをやはり縦にして水から外へ出す。

この動きをすると、腕にほとんど力をかけずにゆったりクロールすることができる。

足は、太ももから動かしてゆるやかにバタ足。

 

息継ぎをするときには真横ではなくて、やや斜め後方に向かって顔を上げると楽に息継ぎができる。

 

 

泳ぎ方はずっと自己流だったけど

昔にお付き合いしていた、元水泳部だった方に教えてもらった。イナヅマの手の描き方も。

 

 

水に抗おうとしちゃいけないんだ。

自分が、波になるつもりで泳ぐんだ。

 

 

泳いでいるときは、そのときのことを思い出す。

教えてくれた泳ぎ方の、1つ1つも。

 

 

10往復くらいたっぷりと泳いで、少し疲れたら、歩くコースへレーンを潜りながら移動する。

ここも、大体変わらないメンバーが歩いている。

いつも後ろ向きに腕を振りながら歩いているおばあちゃん、恰幅の良い男性、私と同じくらいの世代の女性。

 

 

皆んなで、ぐるぐるぐるぐる歩く。

その一帯だけ、水の流れが生まれている。

水の流れの中で皆んなで歩いていると、なぜか連帯感も生まれているように感じる。

 

おばあちゃんは時々、カニ歩きも織り交ぜている。目の前で後ろ歩きをされているときに目が合うと、ほんのちょっと気まずい。

 

 

隣のレーンは、速く泳ぐ人達のためのコース。

恐らくは、本格的に部活で泳いでいるのだろうと思われる人達が猛烈なスピードで泳いでいる。

大きな水しぶきが上がっている。

なんで、あんなに速く泳げるんだろう。

猛烈に泳いでいる人達は、水から上がっても北島康介みたいに見える。

 

たっぷりと歩いて身体がリラックスしてきたら、もう一度ゆったり泳ぐコースへ戻る。

今度は平泳ぎもしてみる。

クロールよりも平泳ぎの方が苦手だ。

平泳ぎも泳ぎ方を教わったけれど、やっぱり難しく感じる。

私はイナヅママークで泳ぐクロールが、やっぱり好きだ。

 

 

市営プールの中に、閉館10分前のアナウンスが流れる。

まばらにロッカールームへ戻っていく後ろ姿を眺めながら、最後に25mを少し速い、でも気持ち良いペースでクロールを泳いでその日は水から上がった。

 

プールの後はシャワーを軽く浴びて、着替える。この時間の女子更衣室は、ほとんど人がいない。電気もやや薄暗いから、少し怖い。

ジムでは、プールの後に備え付けの温かいお風呂に入ることができた。

ボコボコと温かなジャグジーも楽しめる。

もちろん、ドライヤーも常時5台は使用するので、ドライヤー渋滞ができることはない。

 

市営プールにはもちろんお風呂もジャグジーも無いけれど、少し足りないくらいが自分にとっては丁度良いのかもしれない、と思ったりもする。

 

 

ドライヤーで髪を半分くらい乾かしたら、適当にお団子にしてロッカールームを出る。

 

サライの音楽がほとんど人気のないロビーに寂しく響いている。

 

 

いつものように、市営プールの出口の自動販売機でカルピスウォーターを買った。

隣に置いてあるベンチに座って、ゴクゴク飲み干す。

 

 

プールの後は小学生のころみたいに、身体全身が疲れ切っている感じがとても心地よい。

たくさん泳いだ日は、なんにも考える暇もなく気が付けば眠ってしまう。

また、次のプールの水を入れ替える日にプールの底を見るために泳ぎに来よう。

 

・・・・・

もう、この市営プールは今住んでいるところからは遠くて行けないんですが、大好きな場所だったので20代の頃に足繁く通っていました。

趣味というよりも【私の好きなこと】になってしまいましたが・・・(;’∀’)

 

水の中で漂っている時間は、心がまっさらになるので本当に好きです。

泳いでいるときって、そのことだけに熱中できる感覚が得られます。

もう2年間くらい泳ぎに行けていないので、今年こそ、また泳ぎに行けるといいな~。

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