こぼりさんプレゼンツの3000文字チャレンジ、ラストのテーマは【平成】ですね!!
果たして平成にどんな思い出があったのかな~と思い返してみたんですが、私が小学校1年生のときに元号が平成になって今に至るので、なんというか人生のほとんど・・なんですよね。
平成からイメージするアイテムというと、私にとってはルーズソックスでした。
高校生当時はもうルーズソックスと紺のハイソックスの2分化されてきていて、紺のハイソックスがやや優勢・・くらいの時期になっていました。
それでも、私はセーラー服にルーズソックスを履いていました。
当時の憧れだったんですね。ソックタッチでしっかりと留めて、ルーズの具合をモコモコとさせながら登校していたなぁ・・と懐かしい気持ちになります。
あと、私にとって思い出深い平成アイテムは、MDです。
カセットテープは小学校高学年ころに、ラジオを録音するのに使っていました。好きな音楽番組のラジオを流しておいて、「あ!好きな曲流れるー!」と思ったら、録音をボチー!っと押していました。
MDは中学・高校くらいのときに、せっせとアルバムをTSUTAYAから借りてきては録音していました。
ずらっと並ぶMDを見ると、達成感というか・・「やった!」となぜか満足感でいっぱいになっていましたね。
曲名を書くスペースがものすごく小さいから、アルバム曲を全部書くと豆粒みたいな文字で読みづらかったりとか・・。
当時一所懸命に録音していたMDたち(ケツメイシやバンプオブチキンなど・・)は今も思い出ボックスの中に保管してあります。
ちなみに、我が家の音楽コンポは、カセットテープ+MD+CDが聴けるもので現役で頑張ってくれています。なので、中学生のときに先生からもらったクラスの合唱曲のカセットテープとか、ほんの時々流してみては甘酸っぱい気持ちになっています。
カセットテープを再生したときの独特のノイズ音、とても好きです。
前置き長くなりましたが、平成で何が印象に残っただろう?って考えたときに私にとっては「テレビ」だったんです。
もう、テレビがとにかく面白かった!
平成ドラマに関して少し前に記事にしてアップしましたが、アニメもバラエティもドラマも。面白い番組がざくざくだったなぁって思います。
アニメでいうと、平成になったばかりの頃の「セーラームーン」と「魔法騎士レイアース」あたりですね。もう、テレビのなかできらきらしている魔法少女たちに夢中でした。
そして大人になったら、セーラーマーキュリーになれるんだと信じこんでいました。
でも、平成のアニメの中でも1番印象に残っていたアニメは何だろう・・?と考えてみたら「おぼっちゃまくん」でした。
かーねもっち!かーねもっち!もーちはだもっち!
未だにテーマソング歌えちゃうくらい、大好きなアニメでした。
「おぼっちゃまくん」は平成の始まりとなる、1989年から1992年にわたって放送されています。
わかりやすく下品なギャグアニメで、タブーもふんだんに詰め込まれていました。「マキバオー」と良い勝負だったんじゃないでしょうか。
でも、子どもにとって突き抜けた下品って、本当に面白すぎるんです。
アニメを見て、兄とお腹がよじれて切れちゃうんじゃないかっていうくらいに笑ってました。
現在のテレビは視聴率が伸び悩んでいる・・という話を聞きますが「おぼっちゃまくん」や「マキバオー」の再放送をしたら、話題性だけで視聴率は20%を軽く超えてくるんじゃなかろうか・・・と思っています。
おそらくは4歳の息子が「おぼっちゃまくん」を見たとしたら、笑い上戸なので地面を転げ回るかもしれません。
そして、きっと当時の私のように「おぼっちゃまくん」のマネを始めるわけです。「へきゃっしゅ!どぼちて?」と。
ちなみに、印象に残っているのは・・
ご飯にステーキ?が出たときにお父さんから「脂身を残すように」と言われましたが、脂身が本当は大好物なおぼっちゃまくん。脂身がどうしても食べたくて、家の庭に埋めている瓶のなかにひっそりと脂身を隠して夜ごと食べていた・・という回がなぜか忘れられません。
と、同時に「脂身って食べちゃだめなものだけど、そんなに美味しいんだ!」と小学校低学年当時に憧れた食べ物でもありました。
もしかしたら、この回は漫画の方だったかな・・?従妹の家に「おぼっちゃまくん」の単行本があったので、ちょくちょく読ませてもらっていました。
あとは、トラウマになりそうなくらい大きな100畳分くらいのサイズがあるトイレですね。2回に1回はトイレの中に落下してしまいそうなサイズ感なんです。
そして「おぼっちゃまくん」って、夕方の18時からやっていたんです。
早いご家庭では、夕ご飯どき。
ご家庭によっては、「おぼっちゃまくん」を見ながらの夕食タイム。
夕食タイムに、なぜこのアニメが放映できたのか・・
理由は放映された当時に、大人たちの寛容があったんだと思います。
寛容があるということは、大人たちにとっての享受がとても大きかったと思うんです。テレビは大きな娯楽であり、家族団欒に欠かせないツールの1つだった。
寛容があって何が生まれたかというと、表現の自由な世界です。
下品・タブーでも良しとされて、制作サイド・表現者達も自由に伸び伸びと発信し、雑多なジャンルがテレビには溢れていました。
「数あるジャンルの中からどれを選んで何を見るのか」は、視聴者が選びます。
下品だと思えばニュース番組に変えるし、面白いと思えば視聴する。
それだけのことでした。
でもだんだんと下品なもの・タブーなものはテレビからどんどん排除されていって、クリーンな世界が残りました。
そして、自由な表現の場はネットの世界へと無限に広がっていきました。
娯楽がテレビだった時代から、娯楽がネットの世界へと移行していったのを多くの人が体感していたと思います。
テレビショッピングを利用しなくても、ネットで手軽に値段を比較しながらお買い物ができる。
テレビでバラエティを見なくても、YouTubeで好きな芸人だけが出ているチャンネルをいつでも見ることができる。
つまり、現在のネットには大人にとって享受の大きな世界が広がっています。
検索しようと思えば、危ういサイトへもボタン1つクリックするだけで簡単に繋がることができる。
今は、誰でもどんな些細な意見だってネットの海へ投げることはできるし、それを大企業へもアンダーグラウンドへも届けることだってできる。
スマホやネットが普及したことで国民全員が視聴者ではなく、表現者となりました。
テレビの規制が厳しくなっていったように
いつの日かテレビとおんなじように「大人たちの寛容」や「大人たちの享受」がネットからなくなったときに、ネットの世界にも大きな規制が入ってくるんじゃなかろうか・・・と感じています。
きっかけがネット大戦争!かネットの世界の大きなトラブルかは分かりませんが・・・
ネット警察なるものが登場して、細々としたルールが次々と定められていく。
一人一人にとって自由な表現の場だったはずのネット上は、交通整理されてテレビとおんなじようにクリーンになる。
下品も無い・下ネタもない・まっしろな世界。
そうなったときに、またネットに代わる新たな表現の世界が出来上がるのかなぁ・・・
今度は宇宙空間!?とも思ったりしていますが。
もしくは案外、アナログに戻ることになるのかもしれない、とも思っています。「やっぱり、これだよね」って。時代は巡ると言うし・・。
そして、ネットの規制が強まった影響からテレビの規制はほんの少し緩まる。
出版業界は慌ただしくなって、地域の文房具屋さんが大繁盛になる。
文通が時代の最先端となって
地域の文房具店からは、ロケット鉛筆やレターセット、交換日記が飛ぶように売れていく。
そんな、令和の時代が来たなら
私は「おぼっちゃまくん」の再放送を見ながら、HBの鉛筆で、小学生になった娘への交換日記をしたためよう。
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